かつての恋人の家に向かう数分間のあいだに聴いていたのは、YUKIの「2人のストーリー」。
あの人と別れてから、私はそれまでの私からすれば、びっくりするくらい男の人たちと遊んだね。
沢山の人たちであふれるメガロポリス東京でも、どこか特別な女に見せるのがわりとうまかった私だけれど、きっと誰にとっても結局のところは代替可能な存在としてしか愛されていなかったのだろうって思うよ。
ひょっとしたら、セックスが愛情表現以外の何ものでもないと信じきっていた頃が一番幸せだったのかもしれない。
私とあの人は、ほとんどセックスをしなかった。
東京の片隅の小さなアパートで、あの人の作った料理をしみじみ食べるのが、私たちの中ではセックスみたいなものだった。
週に一度のセックスなんかより毎日同じご飯食べる方が一心同体になれるなんて、知らずにいれば良かったのかもしれない。
そうすれば、インスタントな恋愛にいつだって溺れきることが今でも出来たでしょうに。
「こうじゃなきゃ幸せではない」「こういう人生が成功らしい」と、どうしても一般的な価値観にとらわれてしまう私が、唯一、主体的に「私が選んだのだから素晴らしいに決まってる」と自信をもって言えるのが恋だった。恥ずかしながら。
いつも簡単に恋に落ちていた。恋だとか愛だとかの為に生きていた。なのにもう、ずいぶんと落ちていない、恋に。ただ、人生だけが、堕ちていく。
夜中にもそもそとハムサンドほおばりながら過去のことばかり考えている私はきっとさみしい女なのだろうけれど、あの人のこと好きでいる限り生きていられる。生きてさえいればきっとまた会えるかもしれないから。
あの人の作ったご飯で作られた細胞はもうとっくにどこかへ行ってしまったね。
全てを失ったような気分になって涙が止まらない夜もあるけれど、あの恋だけは本物だった、少なくとも私の気持ちは、それだけで生きている。